これは演技論というような高尚な議論とはほど遠い、単なる私の感想文です。
多部未華子さんの述べる、自らの演技に対する質問への答えとか、役作りの方法
とかの考え方の記事などを読んでいて、私の中に一つのイメージが出来てきました。
そのイメージは多部さんを起用された監督さん達の多部さんへの評価を読んでいる
うちに、更に固まってきたように思います。
それは多部さんの演技と向き合う姿勢や感覚が、職人さんが仕事に取り組む時の
様子や考え方と良く似ているなということです。
職人さんといっても様々ですが、建築・機械・部品・材料加工・成型などのような、
設計図を基に形のあるものを作っていく作業をされる職人さんのイメージです。
それも天才肌の職人さんの感じです。
(注)内容の薄いわりに長文です。
何も無いところから、頭に浮かんだものを図面に書き込んで一つのまとまった形に
していく作業はある種特殊な才能の持ち主だと思います。彼らはもちろん単に空想
しているだけではなく、現場に足を運んだり、実際に物を手にとってその材質感とか
重量感を体で感じたりしながら、頭の中で現実の出来上がりを創造しながら図面を
描いているわけです。
天才と言われる設計者には、その完成形がリアルに見えているかのようです。
しかし、いくら素晴らしい才能の持ち主が綿密に考え抜いて図面を描いたとしても、
ものづくりの現場はそう簡単なものではありません。
必ず予想外のことが起きますし、頭で出した正解のはずの問題が、現実には正解と
ならないということは普通にあります。
ましてや機械ではどうしようもない、人間の感覚が頼りとなる分野では、職人さんの
経験や勘を信じるしかないのです。
優れた職人さんというものは信じ難いことをするものです。
同じ設計図をもとに仕事をしても、まったく違ったレベルのものが出来てしまうのです。
もちろん職人さんは設計図と違ったことを勝手にはしません。意見があれば設計者に
具申をしますし、意見を交わしながら最善の方法を探ります。
そして時には設計者の想像を遥かに超えたものを創り出してしまうこともあるのです。
多部さんは役になりきってしまうタイプでは無いと自分で言っていますし、他の発言
などから彼女の言葉を繋いでいくと、経験も少ないしまだ若い人ですが私には彼女が
才能豊かな職人さんに思えるのです。
脚本や原作があればそれを読みきり、深く内容を理解し体に沁み込ませる。
しかし勝手な想像で役作りは行わず、現場へ行ってその時の雰囲気や相手の感覚
にどのようにでも合わせられるように準備はしておく。
決して台本からは外れず、アドリブも言わないけれども、監督が欲しいものを
その通りに表現できるという信頼感を与えつつ、時にはそれを遥かに超えて予想も
していなかったものを見せてしまう。
まさに、天才肌の職人的女優だと思ってしまうのです。
演技に関しては決して我を通さず、こうやれと言われれば素直にはいと言ってやって
しまうし、それが実に監督さんの思い通りに出来てしまう。
好きにやっていいよと言われれば、驚くような芝居をさらりと見せてしまう。
実に使い易い、頼りになる女優さんだと思います。
もちろんまだ19歳の多部さんですから、人生経験という面では未熟さがあって当然
ですし、理解できない感情や状況はかなりあるとは思いますが、そこは柔軟に
周りの人の意見を聞きながら対応していける人だと思います。
職人肌の人は気難しいとか変人みたいな人に描かれがちですが、そんなことは
ありません。確かにいい加減な妥協はしないから扱い難いと敬遠されたり、どうでも
いい話を好まずに無口であったりという面はありますが、優秀な職人さんに偏屈な人は
まずいません。
それどころか、冷静だし人の意見はよく聞くし、何よりも謙虚です。
納得さえすればこの上ない頼もしい味方になってくれます。
多部さんの性格にもそんなところはないのでしょうか。
・ クールだけど熱い、そして謙虚である。
・ 自分の行く道については妥協はしないし我を通すけれど、仕事の現場においては、
自分を主張することなく現実的に対処できる。
・ 仕事以外での自分のことには執着が薄くてかなり他人まかせ。
・ 自分を本当に理解してくれる人はほとんどいないと思っているから、過度な期待は
しないけれど、少しでも分かってくれる人を実は必死に求めている。
・ 手順をきちんと踏んで一歩一歩確実に進んでいこうとするが、本当に大事な局面では
自分の勘が一番正しいと信じている。
・ 図面や人の話から具体的なイメージを作り出す事が出来る。
・ 仕事中の集中力はものすごいものがある。
以前多部さんは、自分を色に例えるとという質問に黒と答えています。
又別のところでは、現場には真っ白な状態で臨みます。好きな色に染めてもらうという
感じでしょうかという発言をしていました。
日常の生活では誰にも染まりたくないと言い、演技では何色にでも染めてください、
お任せしますという非常に面白いことを言っています。
日常の世界の多部さんはまだ19才の女の子ですから、自分という者に絶対の確信は
持てなくて当たり前だし、誰かのいいなりに自分の道を決められたく無いという警戒心から
あのような発言になったのではと思いますが、逆に演技に関しては冷静に自分を見つめて
いて謙虚ではあるものの、本能的なところでの揺るぎの無い自信があってこそのあの言葉
なのではないかと思うのです。
(もちろん多部さんが自覚しているとは思いません)
多部さんは終わった仕事に関しては振り返らないし後悔もしないと言っていますが、この
言葉をどのように受け止めればいいのでしょうか。
一瞬一瞬を悔いの無いように力いっぱい生きているのだから、後悔などする必要は無いと
いう意味ならばやはり天才だと思います(笑
結局まだ誰も多部未華子という女優さんの才能のすべてを引き出せていないし、
その潜在能力がどれほどのものかは誰も知らないのですから、私が多部さんに大いなる
期待をして夢をみることもいいですよね(笑
最後まで読んで下さった方に、お礼を申し上げます。
さぞかしお疲れになったことでしょう。 つい長々と書いてしまいました。
賛同してくださる方は少ないと思いますが、一応書いておくことにしました(礼
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> 脚本や原作があればそれを読みきり、深く内容を理解し体に沁み込ませる。
>しかし勝手な想像で役作りは行わず、現場へ行ってその時の雰囲気や相手の感覚
>にどのようにでも合わせられるように準備はしておく。
脚本や原作の言葉・表現の芯を的確に捉えているので、要求や雰囲気に合わせて演技を変化させても芯がブレない。
> ・ 仕事以外での自分のことには執着が薄くてかなり他人まかせ。
拘りのポイントで人と違う事がままあるか多い。
なので人と行動する時は流れに任せるしかない。
そうしたくない時には独りで行動する。
>本能的なところでの揺るぎの無い自信があってこそのあの言葉
>なのではないかと思うのです。
頑固なんです。
そして自分で自分の価値観で導いた答えだから、間違っているかどうかではなくそうしたい。
そしてこの気持ちがない人にはなかなか理解してもらえない点が「我が道を行く」事への拘りの強さ。
理解してもらえたとしても「非常に拘っている」と理解してもらえているだけでその心が理解されず、この点が原因で衝突する事も珍しくない。